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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 1(3/3ページ)

2012年2月21日付 中外日報

福島市から飯舘村へは国道114号沿いに車で1時間余り。村は標高400メートル以上の高原で4分の3が山林だ。峠を越えて村に入ると線量は上昇を続け、2~7マイクロシーベルト台で目まぐるしく変化する。これでも相当な数値、例えば東京都心の100倍だ。

はっとするほど美しい田園風景。だがメーン道路は相馬方面へのトラックなどが猛スピードで走り去り、無人の民家を狙う空き巣警戒で各県警から派遣された多くのパトカーが巡回するだけ。

村民の姿はほとんど見えず、郵便局も農協も、名産「飯舘牛」の看板が出た道の駅のステーキハウスも全て閉鎖されている。電灯がついたままの店、破れた広告の横断幕、中古車店では放置された車に苔が生え、野良猫がうずくまっていた。

それでも避難先から通い、住む人たちもいる。空家の電気メーターの検針に回る女性はマスクを着け、「生活のためには働かんとね」。小さな会館で行われていた葬儀の参列者は「葬式くらいは故郷でせんと」とつぶやいた。

村中央部の高台にあるドーム屋根がモダンな老人ホームには、動けない高齢者たちが被ばくの恐怖に耐えてひっそり暮らしている。玄関に「外来者は衣服のホコリや靴底の汚れを落として下さい」との注意書き。この人々に一体、どんな落ち度があったと言うのか。

中学校の煉瓦の瀟洒な校舎の前に草が伸び、静まり返った校庭に白い塔の時計だけが動いていた。近くの広場に「心和ませ地蔵」がある。かわいい頭をなでると、スピーカーから子供たちの合唱で「村民歌」が高らかに流れる。

「山美わしく水清らかな その名も飯舘わがふるさとよ…… ああわれら今こそ手と手固くつなぎて 村を興さん」。澄み切った歌声が人影のない冬空の広場に広がっていった。

(北村敏泰)