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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 3(3/3ページ)

2012年2月25日付 中外日報

莫大な交付金、補助金類と引き換えに原発は、そういう所を狙って立地し、そして事故によって決定的な破滅をもたらした。福島県の平成24年度予算案からは例年50億円前後を計上していた原発の核燃料税が事故でゼロになり、借金の県債が増加した。

だが、それどころではない。例えば南相馬市で昨年10月、小中学生527人を内部被曝測定装置で検査したところ半数から少量の放射性セシウム137が検出されたとの報道があった。影響は未解明だが、人々は日々、不安にさらされている。

避難などを余儀なくされた原発周辺の13市町村で、心身の健康を害するなどで昨年、計573人もの「災害関連死」が自治体によって認定されたことが2月に報じられた(読売新聞)。若い女性は支援の僧侶に「中絶します」と告げた。飯舘村の女子高生は「私らはもう結婚できない。怖くて子供は産めない」と。

自殺も相次いでいる。南相馬ではたび重なる避難を苦にした93歳の女性が「いきたここちしません あしでまといになるから お墓にひなんします」と書き置いて首をくくった。飯舘村で最高齢者の102歳の男性も。ある寺の檀家は葉タバコ作付けが中止された翌日に亡くなった。

昨年初冬、相馬市内を車で走ると「牛乳の町 相馬」とホルスタインの絵入りの看板があった。観光農場に人影はない。線量計は毎時3・3マイクロシーベルトを計測した。副霊山地区の酪農家の男性の広々した牧草地には、刈り取ったものの汚染で廃棄せざるを得ない牧草が山積みされている。

雑草に囲まれた空っぽの牛舎には寒風が吹き込む。子育てのため経営拡大を試みたのか、真新しい作業設備も目につく。そして、はずれにある干し草が残る小屋のベニヤ板の壁に白いチョークの走り書きが読み取れた。

「長い間おせわになりました」。親戚、隣人への言葉が重ねられる。設備を依頼した業者宛てに「ごめんなさい 保険金で支払って下さい」と最後の気配りも。妻子の名に添えて「なにもできない父親でした」とある。

そして「原発さえなければ」と大きな「×」印。風の音にうめき声が聞こえる気がした。「仏様の」と書かれた後の空白は何を意味するのか。

「皆が苦しんでいることを国中に説いてほしい」。Mさんは悲痛に訴えた。多くのいのちが奪われたことの責任、人々の犠牲の意味が重くのしかかる。

(北村敏泰)