ニュース画像
北山十八間戸の法要には100人以上の参列者が詰め掛けた
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> いのち寄り添うリスト> 原発さえなければ 4
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 4(1/3ページ)

2012年2月28日付 中外日報
避難区域の交番では警戒区域にパトロールに入るため防護服の警官が集まった。和歌山県警の応援だ(福島県飯舘村で)
警戒区域にパトロールに入るため防護服の警官が集まった

僧侶が逃げていいのか

檀家が辛い時こそ出番

境内の南に広がる水田の彼方の海沿いに、赤と白の横縞に塗り分けられた巨大な煙突のような構築物が見える。福島県浪江町の真言宗室生寺派大聖寺からは、9キロ離れた東京電力福島第1原発の3本の排気筒が望めた。

電力業界で略称「1F」と呼ばれる同原発が営業運転を開始したのはちょうど40年前の3月だった。「何か異常があったらただじゃ済まないだろうな」。以前から原発の問題点を勉強して知っていた青田敦郎住職(51)は不気味さを感じていた。

予感は最悪の形で的中した。3月12日朝、前日激しい揺れに見舞われた自坊を片付けていると、防災無線が「原発で緊急事態」を知らせた。「10キロ圏内より避難してください」と繰り返す。消防団も飛んで来た。「危ない、大変だ」と分かったが、何が起きているのか計り知れない。

役場へ行くと白い防護服の関係者で大混乱。恐怖感が募った。北への国道は津波で冠水しており、取りあえず西へ十数キロ離れた知人の寺まで逃げた。妻子は先に避難している。「2、3日で帰れるかな」。かすかな期待は、午後3時半すぎに1号機が水素爆発したことで原子炉建屋と共に吹き飛んだ。

車中で爆発音は聞き取れなかったが、大渋滞で引き返そうとする車に警察官が「戻るな!」と叫ぶ。ラジオで情報を聞いた人々がパニックになる様子に戦慄が走った。

翌日はさらに離れた福島市内の弟宅へ。テレビが伝える情報は事態悪化を思わせたが、「直ちに健康への影響は……」と詳細は隠されたままだ。ようやく家族が再会し、新潟空港から空路、妻(48)の実家の北海道旭川市まで逃れた。高1の長女、中2の長男の子供2人の安全を思ってだが、衣や袈裟を持ち出せなかったのはおろか着の身着のままだった。