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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 4(3/3ページ)

2012年2月28日付 中外日報

散り散りになった檀家との連絡に奔走する。葬儀社や移転した役場に「大聖寺はここにいると伝えてほしい」と頼み、新聞のお悔やみ欄を見て電話をかけまくった。

「皆さんが一番つらい時こそ住職の出番」との一心だ。放射能汚染地域には中旬からようやく遺体捜索が入り、檀家から葬儀や供養を依頼する電話がかかり始める。「津波で流された親父が見つかった」とぽつり。入院中で車で東京まで避難する途中に亡くなった高齢者もいた。

当初は火葬場での読経だったが、5月から市内の葬儀会館で本葬が始まった。遠方の避難先から葬儀に来た檀家の男性が「方丈さん、探したんだぞ。よかったあ」と安堵の表情を見せた時、そのつながりの実感に青田住職も心が安らいだ。

しかし遺族が嗚咽するのを聞き読経に詰まる。故人の笑顔を思い出し、「さぞ苦しい思いで亡くなったんだろう」と胸が締め付けられた。総代も何人も亡くなった。遠くから集まって見知らぬ土地で長時間葬儀をするのは、避難生活に疲れた人々の気苦労を募らせる。だから前日の通夜はしないし法話もやめた。

だが苦境でこそ、どんな状況でも供養することが大事なのだと、その意味が身に染みたという。

借家の玄関に「大聖寺」と墨書した半紙を貼った。「『福島別院』かな。5、6人なら入れるし」。以前の自坊のように、檀家がアポなしでも訪れるようになった。ここを拠点に、避難した檀家との絆を結び直そうと決意が固まった。

(北村敏泰)