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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 6(2/3ページ)

2012年3月3日付 中外日報

宗教者にとって「怒り」とは。「お不動さまのように憤怒の仏様もいます。ただ怒っているのではなく自戒や反省も込めたものです」と言う住職は「人間としての怒りです」とも語った。事故後、現地では多くの宗教者から「怒り」という言葉を聞いた。

震災後に『慈悲の怒り』を出版した文化人類学者の上田紀行・東京工業大学教授は「『長いものに巻かれろ』的に正当な感情を抑え込むのではなく、正しい怒りによって事の原因や真実を見極め社会科学的に問題構造を断ち切ることが、未来に向けての人類の責任です」という。かつて国策で決まる戦争への道に、内心はいやでも反対はできなかった日本人の集団的精神構造を指摘する。

「原発によらない生き方」宣言をした全日本仏教会の河野太通会長は、日本記者クラブでの会見でその心境を「(何も発言しないなら)かつて教団が軍国政策に順応し扇動したことと同じになってしまう」と訴えた。

「無明」の人間に光を当てるものとしての「怒り」。上田教授の念頭には先年対談したチベット仏教指導者ダライ・ラマ14世の言葉がある。

「社会的問題に無関心なのは全く間違っている。社会の不正を正したいという慈悲の心から生じる『怒り』は有益なものだ。不動明王の憤怒相は衆生を嫌悪して害そうというのではなく、衆生の間違いを諭すための思いやりから来ている」

青田住職は、一たび事故が起きれば取り返しがつかない原発の危険性を学習していた。反原発運動に携わる総代もいて10年前に亡くなるまでよく話した。4年前に遷化した父の先代住職も科学に造詣が深く「原発とは共存できない」と訴えていた。事故後、檀家が「前の方丈さんの言った通りになった」とこぼした。