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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 6(3/3ページ)

2012年3月3日付 中外日報

「社会のさまざまな問題、政治に関連することも含め、宗教者や寺がそれらと無関係であり得るわけがない。中でも人々が傷つけられるようなことは絶対に見過ごせないはずです。声高でなくても小さな声でも訴えていかねば」。その信念で青田住職は檀家や地域の人たちとも話をしてきた。

檀家にも原発の作業員はいる。その人たちとも経済や政治のことを含めて話し合う。70代の檀家は発電所建設段階から入っており、おかげで出稼ぎに行かずに済んだ。だが一方で下請けで働く人もいて、被曝線量が限度を超えたり会社がつぶれて簡単に職を失うことも。

事故後、対応の人手が足りず以前勤めていた人に「赤紙が来た」という。知人は水素爆発の際に吹き飛ばされ、3時間も原子炉建屋付近に放置された。放射能汚染から免れている遠い安全圏での論議ではなく、目前の現場の話だ。それを青田住職はあくまで「宗教者として」説いている。

原発事故をめぐって日本宗教界ではさまざまな反応、動きが見られた。

早くはプロテスタントなどの日本キリスト教協議会が4月に「原発全廃の即時決定を求める声明」を総理大臣宛てに出した。事故の責任と推進政策を強く指弾し、「非人間的」「環境破壊」との批判を、「被造物が共にうめいている」と聖書の言葉を引いて繰り広げる。カトリックも11月に同様の声明を発表した。

深刻な事故は、関西電力美浜原発の細管破断や高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏れなど過去にたびたび起きている。福井県の住職など40年も前から危険性を訴え続けた宗教者もいる。

にもかかわらず、論議の中で「今回の事故で初めて悟った」との言が繰り返される。日本カトリック司教団は、声明で「原発を廃止することまでは呼び掛けることができませんでした……そのことを反省し」と慙愧の姿勢を示した。青田住職が身を置く仏教界はどうか。

(北村敏泰)