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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 7(3/3ページ)

2012年3月6日付 中外日報

福島市内の避難先は住宅地の中の約80平方メートルの戸建ての家だ。玄関の靴箱の横には卒塔婆用の板の束、10畳ほどのリビングの壁際が祭壇で、その前のこたつの脇にはあの日以降の記録がぎっしり書き込まれた「寺務日誌」などの書類が。

原発関係の本もある。傍らのダイニングで高1の長女、中2の長男の子供2人がにぎやかに食事をする家庭がそのまま寺になっている。

この年末年始は除夜の鐘も、正月2日恒例の祈祷会も何の催しもできなかった。妻(48)と自宅で大日如来を拝み、下旬の一時帰宅でようやく本堂にお参りできた。

家族さえ散り散りになった檀家の嘆きを聞くと、なくなって初めてつながりの意味が実感された。「震災前から絆の大切さは説いていましたが、再会して抱き合ったり、仮設住宅で集まったりすると、人のそばに人がいる、そのことの大事さがよく分かります」

「僧侶は皆さまの生き死にを見て学ばせていただき、皆さまに接する。大上段から説教するのではなく、本人が気付かなくてもほっとされるようにお話しするということでしょう」と語る。

経済優先の文明のゆがみ、原発事故で過酷な運命を強いられたことに「怒り」は募っても、信仰に揺らぎは決してないときっぱり言い切る。「人間が生きる、ということを考え直させてもらいました。坊さんになって本当に良かった」

(北村敏泰)