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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 9(1/3ページ)

2012年3月17日付 中外日報
全村避難で全行政機能が福島市内へ移転。どの課も人がいなくなった飯舘村役場。留守番の職員の弁当が窓口に置かれている(福島県飯舘村で)
全村避難で全行政機能が福島市内へ移転

救いの世界があることを

普通の言葉で伝える

浄土真宗本願寺派善仁寺は福島県飯舘村の主要県道、村に数少ない信号交差点から少し入った街中にある。石の門柱から石畳を進むと、本堂に向かう石段はそばの大きな銀杏の木の落葉で埋まり、手入れができない境内は雑草が茂っている。

ぴたりと閉ざされた堂の扉に杉岡誠順住職(35)の携帯電話の番号を書いた紙が張ってあるが、訪れる人は誰もいない。昨年初冬に訪ねた時、放射線量は最高毎時7・3マイクロシーベルトにも達した。

通学路でもあるのか「あいさつ通り」の看板が目立つ前の道路は、50軒ほど並ぶ商店も住宅も無人だ。理髪店には移転先の地図の張り紙、荒らされたらしく玄関戸のガラスが割れた家もあり、パトロール隊の書き置きも。酒店の自販機はさびつき、真昼というのに物音一つしないゴーストタウンがそこにあった。

杉岡さんが産業振興課主査として通った村役場は、1階受付に留守番の職員が1人だけ。迷彩服の自衛官や東電社員が大型のガイガーカウンターを持って出入りする。

過疎債で建てられた大理石の立派な庁舎ロビーには、村制50周年の平成18年に設置された「10年後のあなたへ」の手紙を入れる赤いポストがあり、目標年までのカウントダウン表示は「あと1827日」と震災の日でストップしたままだった。まるで今の村の歴史のように。