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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 9(2/3ページ)

2012年3月17日付 中外日報

原発周辺から避難していった人々も苦悩の中にいる。福島大学や報道機関が相次いで意識調査した結果、6割が「生計のメドが立たない」とし、転居先で二重ローンに苦しむ人も。福島に「戻りたい」の回答は、昨年6月で62%だったのが9月には43%に減少した。

逆に、被ばくの心配などで「戻らない」は当初の1割強から4人に1人に激増。都会の避難先で生きる実感を得られず、「おらは死んだ方がいいんだ」と鬱状態になるケースも多い、とケアをする東京の僧侶は語った。

飯舘村でも、10月に各地に散った村民1700人余りから郵送で得たアンケート回答で、親子や家族が離れ離れで暮らす人が半数を超えた。

統計の数字だけではない。「高齢の夫が死んだ」「県外に逃げたと責められ友人と不仲になった」「子供が突然帰りたいと涙を流す」などの叫びが回答にあふれた。誰に罪があるのか。

杉岡さんは檀家から「農地が使えないし売れもしない。もう生きがいがない」といった悩みを幾度となく受け止めた。

しかし村人は困難を乗り越えようともしている。今年1月8日には53人の消防団員が避難先から制服姿で集まり、中学校体育館という屋内ながら厳粛に出初式をした。

同じ日に役場移転先の福島市飯野で成人式も開かれ、支援で無料貸与された華やかな振り袖の女性ら新成人65人が久しぶりの再会を喜んだ。代表が「村に戻れるまで、成長し復興する力をつけたい」と決意を誓い、お母さんコーラスと参加者全員で「今こそ手と手 固くつなぎて村を興さん」と村民歌を斉唱した。

村には「までい精神を!」というスローガンがあり、役場にも横断幕が掲げられていた。「までい」とは相馬地方で「丁寧に真心を込めて」といった意味の方言。その心で震災後の8月、村立中学の生徒18人が「未来への翼」プロジェクトとして欧州へ研修旅行に派遣された。

行き先は原発から自然エネルギーに舵を切ったドイツ。風力発電で自活しているフライアムト村などを見学し、生徒から「飯舘のまちづくりに生かしたい」「家も仕事も家族も多くのものが失われたけど学んで身に付けたものはなくならない」との感想が聞かれた。

広瀬要人・村教育長は「海外にも羽ばたくようなこれからの人を育てるのです。これまでの人がこれからの人に迷惑をかけているこの国で」と手応えを語る。