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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 9(3/3ページ)

2012年3月17日付 中外日報

同じころ、杉岡さんも村の子供たちを連れて「8・6」の広島へ行った。平和記念資料館や平和記念式典を見学し、被爆2世から自分らが苦しんだ経験を教訓にして頑張るようにと激励された。ありがたいと心の底から感謝の気持が湧いた。「おかげさま」「ありがとう」を常々、寺でも役場でも口にしている。

「この震災と原発事故で、当たり前が当たり前でないこと、私たちがおかげさまで生かされていることにあらためて気付かせていただき、さらにそれが強まりました」。住職とは、宗教者とは儀式をするだけではなく、「救い」の世界があることを普通の言葉で伝えるのが仕事だと思う。それは「職業」ではない。だから、衣を着ている時も役場で村民の話を聞くことも同じだという。

宗祖の750回大遠忌の年、11月には南相馬の真宗寺院を借りてようやく顔をそろえた檀家たちと報恩講を勤めることができ、京都の本山に団体参拝も実現した。笑顔に励まされたという。

国の避難者帰還対策は未定だ。だが、「真宗の信仰はもとより自力でつくるものではないので揺らぎません。私が今あるのは、阿弥陀さま、親鸞聖人、そして導いてくれた祖父やこの地を守り続けたご先祖のおかげです」。その確信があるからくじけず、故郷を支え続ける。

(北村敏泰)