ニュース画像
北山十八間戸の法要には100人以上の参列者が詰め掛けた
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> いのち寄り添うリスト> 原発さえなければ 11
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 11(1/3ページ)

2012年3月24日付 中外日報
計画的避難区域となり人影もない広場で、住民向けの放射線量計が毎時2・59マイクロシーベルトを示す(福島県飯舘村で)
福島県飯舘村で

「私、がんになるの?」

誰も答えられない

東京電力福島第1原発を相馬の人々は、所在地名から「大熊原発」と呼ぶ。県内には第2原発もありその電力は全て東京と周辺に送られている。

「安全」というならば送電効率を考慮して首都圏に立地してもおかしくない。だがこんな事故が東京近郊で起きたら1千万人以上が……。そんな悪夢を考えれば、実際に被害を押し付けられた福島に、政府や東電はなぜ冷たく当たれるのか。こんな気持を地元の人々に感じた。

南相馬市にとどまり続けた真言宗豊山派石川信光住職(58)の泉龍寺は、田園地帯に囲まれ境内は広々と立派だ。昨初冬でも本堂の雨樋の下で放射線量は毎時7・1マイクロシーベルトを検出した。家族全員を避難させた住職は、一人で大きな寺の維持も賄いもし続けている。体調は思わしくない。室内でもマスクをしている。

当初は何の情報もなかったため10万円もする線量計を自分で買い、庭の植物や自然の変化にも注意を払ってきた。そしてなお、「檀家ともどもひどい目に遭い先の見通しは全くありません」という。事故は決して終結しておらず、飛び散った放射性物質も簡単に除染できるめどはないのだ。

事故当初以来、避難区域の指定がころころ変わるのに不信感が募った。「屋内退避」といってもどうすれば、「自主避難」でどこへ行けばいいのか、何の説明もない。「避難準備区域」解除も含めて、住民には全く相談はなく一方的だった。