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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 13(3/3ページ)

2012年3月29日付 中外日報

ここから東へ2キロほど行くと県内を縦貫する国道6号だ。夕刻に南下するとすぐ、「警戒区域」に近いことを示す通行止めに突き当たった。赤色灯が回転する「立入禁止」の大きな標示。応援出動した大阪府警のパトカーが止まっており、厳重装備の警察官が笛を鳴らして走り寄ってきた。

Uターンし、海辺に近い道路を北上した。海岸線は大きな弓なりで、夕闇に彼方の太平洋が丸く見える。十数軒の住宅が高台に並ぶが、明かりがつくのは1軒だけだった。波打ち際近くの広大な空き地に津波で流され破壊された自動車が集めて並べられていた。千台以上はあり、まるで墓場のようだ。

低い所は周りが見渡す限りの廃虚だ。土台だけになった家々には瓦礫がたまったまま。放射能の心配から作業が遅れているのが分かる。迫る闇に聞こえる海鳴りの音が、当初ここに数多く放置された犠牲者の叫びのように聞こえた。

帰路、全英・前住職から携帯電話がかかった。どうしても話しておきたいことがあるという。「亡くなった仏様たちの霊が憑依したのだと思います」。火葬場で連日、30人以上も悲惨な遺体に読経を続けた体験を語った前住職の、何かをじっと見つめるようなまなざしが思い浮かんだ。

「戦争でもあんなにたくさんの方の死には逢わなかった。経験したことのないようなお勤めが私になぜできたか。無念の方々が乗り移ったのではないかと思うのです」

霊魂の存在の話ではない。目に見えなくても、人々の魂を感じ、その悲しみを受け止めて心の中で交流することのできる力。それが宗教的感性なのだと分かった。いのちに寄り添うとは、そういうことなのだ。真っ暗な車窓の外に雪が舞い始めた。

(北村敏泰)