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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

原発さえなければ 15(3/3ページ)

2012年4月3日付 中外日報

原発事故の福島だけでなく、被災地では地域の復興計画策定など「政治的配慮」も絡むような問題に積極的に関わる宗教者も多い。「苦」を「思い通りにならないこと」と、きちんと仏教的に押さえた上で社会問題を「社会苦」とするのは曹洞宗僧侶である奈良康明・駒沢大学名誉教授だ。

そして仏教の利他行には、自己の内部を凝視し成仏を求めゆく信仰を他者に説くことと、いわゆる社会的利他行との二つの局面がある、としながら奈良名誉教授はこう説く。「この二つを二者択一に見ることは正しくない。道元はそれを統合する姿勢として『自未得度先度他』と教えています。それは自分の成仏を求めることでもなく、他者に世間的『欲楽』を与えることでもないと」

「具体的には他者に菩提心を起こさせることであり、それは自分が信じる仏道を歩き、それに他者を巻き込んでいくこと。実際には参禅を説くことも、社会的救済に働くこともそうです。どう行為をするかは信仰者の個々人の選択で、重要なのは仏道を信じ、行じていく生き方です」

さまざまな社会的活動のどこに「宗教性」があるのか、という論議への一つの明確な答えだ。

阿部住職は僧侶として寺のブログで、避難地や仮設住宅暮らしの人々のために位牌などを安置する仏壇代用の「祈りの台」を無償で提供することを呼び掛けている。他にも被災地の産業復興に向けた切手販売や地酒を楽しむイベントなども催している。

汚染土の預かりも、それもこれも、全てが仏教者としての存在価値、仏教者としての仕事だという。「現実社会にある苦悩を取り除くことは、説教でいくら言葉を弄してもできない。目の前の脅威を取り除かないと人々の安心はない」

「皆さんがどのように生きて、生活していくのか、それをサポートするのが仏教じゃないですか。故郷を見捨てることなんてできません。子供たちが表で遊ぶような、『当たり前』の暮らしを取り戻すために、いのちを削り行動します」ときっぱりした口調で繰り返した。

(北村敏泰)