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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支援の広がり 5(3/3ページ)

2012年4月17日付 中外日報

宗教者とボランティアとをめぐって、金子昭・天理大学おやさと研究所教授(宗教哲学)は、宗教や信仰が宗教者の活動の支えになっていることを押さえつつ、「姿形で宗教者であるのではなく、宗教者は民衆の中に分け入って活動する聖のような存在であるべきだ」という。

その上で「宗教者の活動が一般のボランティアに似ているのではなく、一般ボランティアが宗教者の本来の活動に近づいている」と指摘する。この震災で見られた多様な動きによって、欧米社会で市民的奉仕活動とのイメージがある「ボランティア」という概念、用語の見直しが迫られているのかもしれない。

年が明けても、東京の大学野球部員80人をはじめ次々と支援の人々が訪れ、陶芸家からはたくさんの器が送られてくる。

そして一周忌の3月11日、寺で営んだ追悼法要にはタイの寺院や天台宗の僧侶、同じ曹洞宗の僧侶ら十数人が集まった。新潟から駆け付けた和太鼓グループの演奏などもあり、狭い境内は一日中、地元の人たち200人以上であふれた。

夕刻からは近くの駅で、「テラセン」が主催し、青竹を切った筒にロウソクをともす「竹灯篭」が行われた。全国各地から寄せられたロウソクは計1300本。地域の人々や子供たちが竹に思い思いの鎮魂、希望の言葉を書き入れ、夜遅くまで祈る姿が絶えない。

昼の法衣から「制服」となった作業衣に着替えた住職の姿もあった。揺らめく炎に照らされたその頬が涙に濡れていた。

たった1カ寺から生まれたこれだけの広がり。坂野住職は今後も支援活動を続ける。「大変な震災ですが、その結果で多くの人が集まり、いろんなことができたのは複雑ですね……」。普通の状態に戻っても、皆で力を合わせてできるようにと思いを巡らせる。「いるところ、そこが寺ですから」

(北村敏泰)