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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支援の広がり 6(2/3ページ)

2012年4月19日付 中外日報

寺に避難命令が出て全員で墓地から裏の城山へ移動、大萱生副住職は高齢者を背負った。だが追い掛ける炎で山火事になり、人々はさらに遠くへ。副住職一家も体育館に逃れた。鎮火した5日目に戻った町は一面焼け野原の廃虚。行き所のない人たちに声を掛け、28人が寺に戻った。

電気、水道は途絶えたまま。炭で火をおこして備蓄米で炊き出しをし、暖も取った。その後も毎日、体育館まで水や食料を受け取りに通う。避難者を盆までの5カ月もの間支え、「あれで生き永らえた」と感謝された。

大萱生副住職に「やるぞ」という気負いはなかった。「あえて坊さんだからという意識じゃなく、非常時で困っている人がいるから自分のできることをしただけ。しないと落ち着かないというか。僧侶としてあるべき姿は教学上もあるだろうが、私は田舎寺の生活者です」といささかぶっきら棒だが率直に語る。

4月上旬に道路の瓦礫が自衛隊によって撤去されると、浄土宗青年会やライオンズクラブから生活物資が入るようになった。町長らが死亡するなど役場も被災して壊滅状態の中、数少ない支援拠点としての役割を担うことになり、大念寺は曹洞宗など他宗派も含めた団体からの食品、衣服、医療品などあらゆる救援物資が運び込まれる集積基地、炊き出し基地に。

その配分など、朝から晩まで世話をする副住職の姿に、寺は「大槌が大変だ」と全国からボランティアが集まる目印ともなった。それも自然の流れ、状況がそうさせた。

しかし、大萱生副住職は「この町でどう生き、地域の寺を守るかという責任はしっかり考えています」とも言う。地域とのつながりを大切にしてきた。長年、保護司を続ける。小学校のPTA会長を務め、町の教育振興会長もしている。

単なる名誉職ではなく、役場に意見もする。同年配からは「修ちゃん」と呼ばれる。そのような人と人との関係があったからこそ、援助の申し出があちこちから相次ぎ、それを被災者につなぐことができた。