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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支援の広がり 6(3/3ページ)

2012年4月19日付 中外日報

震災前から寺で童話の読み聞かせの会を開いていた。学校が被災し、休校や避難で生徒らが困っているのを知った副住職の要請で、寺に東京からボランティアの学生が講師に訪れ、子供たちに勉強を教える「復興寺子屋」が開かれた。

大念寺の隣で仮設の町役場になった大槌小校庭の地面には2階建てプレハブが6棟並ぶ。足を運ぶ町民への心遣いで、そこここに教室の木製椅子が置かれ、鉢植えの花があしらわれていた。名古屋市など職員を応援派遣している全国の自治体の車が出入りする。

「絆」の大きな寄せ書き。32人もが犠牲になり、家族を亡くした人も多い職員たちは、絶対的な人数不足の中で復興に向けた膨大な仕事をこなしており、連日夜遅くまで明かりがともる。

机や事務機器で狭苦しい奥の福祉課の部屋では、ジャージーや防災服といった課員が肩を寄せ合って打ち合わせ中。主任の藤原純枝さん(51)は町内に48カ所、計2017世帯ある仮設住宅の訪問計画を立てていた。

わずか4人で全世帯は無理だが、日常業務の合間を縫って月数回、2人組で多い日には10軒を回り、相談事などを聞き取る。家も仕事もない。体調を崩した。深刻な世帯は再訪問し、医療など支援先につなぎもするが、多くは押し寄せる不安をひたすら傾聴する。

手を固く握られることも、もらい泣きすることもあった。家族全員を亡くした若い男性には、何を言っても励ましにはならなかった。「苦しくて、言葉も出せませんでした」。そういう藤原さんも父親を失い、自宅が全壊して仮設暮らしだ。

藤原さんは宗教者たちの支援について、言葉を選びながら言った。「町民が少しでも前向きになればうれしい。皆さんが心のよりどころを求めていますから」

(北村敏泰)