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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支援の広がり 10(3/3ページ)

2012年5月1日付 中外日報

では、本来の宗教者の支援活動はどのように捉えられるか。被災地では、供養など宗教性を前面に出した活動に接し、一方で「僧侶としてではなく人間として」「自らの使命として」と瓦礫撤去などの作業をする宗教者の声も多く聞いた。だが、「他者に寄り添うこと自体が宗教の目指すところ」という深みからは、いずれにも強烈な宗教性が感じ取られた。

震災半年を機に国内主要宗教の教団を対象に実施した調査では、曹洞宗、浄土宗など伝統宗派が「仏教教団であることで一般の信頼感があった」と答えた半面、新宗教やキリスト教では「先入観が壁となるケースもあった」と教団名を出さない場合が目立った。

また日本基督教団は「奉仕」は信仰から押し出された行為であり、一般的な善行でも信仰と切り離されたものは「神なきヒューマニズム」として警戒すると回答した。

現場では、各種の「カルト」とされる団体の活動も見られた。米国に本部を置く新興宗教の「支援チーム」は、「奇跡的結果をもたらす」として体に触れる教団独自のケアを実施したという。

被災地の側は、宗教者の活動をどう受け止めるか。宮城県石巻市でボランティア受け入れに当たった同市社会福祉協議会災害復興支援対策課の阿部由紀さん(44)は「ほとんどの宗教者の団体は、被災者のためという共通の目的で一般ボランティアと変わるところなく協力してくださり、むしろその熱意に共感した」。

「ただごく一部に明らかな布教目的があり、信教や宗教活動の自由があるとはいえ残念だ。しかし例えば、地元のお坊さんに被災した方の話を聞いて心のよりどころとなってもらうなど、宗教者ならではの支援も意義があります」と話した。

渥美教授は語る。「地元の宗教者の働きは重要だったし、各地からの支援も目覚ましかった。最後の最後に重い言葉を発することができるのは宗教の力として期待もされているが、作業でも傾聴でも、求められるものを出せばいい。中心はあくまで被災者ですから」

(北村敏泰)