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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支援の広がり 11(3/3ページ)

2012年5月3日付 中外日報

牧師は1988年からNPO「北九州ホームレス支援機構」を立ち上げて路上生活者への炊き出しや就労支援を続けてきた。だが路上から脱出できても「自立」が「孤独」につながってはいけない。その思いで、大勢のボランティアと共にこのパーソナルサポートを展開してきた。これまでに無事自立した人は1500人を超えた。

そして、震災では従来の実績から太いパイプのある行政や諸機関とタイアップして「絆プロジェクト」を繰り広げる。手元にある18ページのその計画書は極めて綿密だ。狙いは、「仮の宿」ではなく「わが家」「第2のふるさと」の実現。

公団など恒久住宅を提供し、日常生活再建から就労などを官民一体で支え、サポート要員が「伴走」して地域全体で受け入れる。個々人に「生活再建ケアプラン」を作成し、その射程には慣れない土地での孤独感による自死や孤立死防止のメンタルケアも入っている。

「持続性のある伴走型コーディネート機能」。長年の実践から理論を築き上げたNPO活動家のこの表現は、牧師の顔では「上から目線で『助けてあげる』じゃなくて、『横から目線』。共に泣き、共に笑う。どこまでも決して見捨へんよという強いメッセージです」となる。

関西弁交じりは滋賀県出身だからだ。被災地からはこれまでに110世帯が移住し、うち6割が福島からという。

奥田牧師の名刺は「あんたもわしもおんなじいのち」と記したNPOのものと、十字架の入った教会のものとが表裏になっている。それが一体であるようにNPO事務所と教会とは隣接する。

工場地帯から2キロほど離れた市街地にある、大きな窓に赤れんが塀のその教会では、定例礼拝のほかに子供の会、バザーなどさまざまな催しが行われる。福島から避難してきた青年が炊き出しに参加し、教会でピアノリサイタルを開いた。

バプテスト派は個々の教会や信者の独自性を重視する。「最も小さき者たち、谷間に置かれた者たちに寄り添うというのが、当初からの姿勢です」

自らの「持ち場」で震災への後方支援を展開すると同時に、東京など各地にネットワークの活性化や調整に出向き、そして自身も被災地に入って地元の人々と復興への取り組みを進める、奥田牧師の理念はどのようなものか。

(北村敏泰)