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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支援の広がり 14(2/3ページ)

2012年5月12日付 中外日報

この頃には、体育館に千人以上の遺体が集まっていた。並行して15日から避難所や福祉施設などへ物資支援に入る。1割が寺院だ。

以前からパイプのある生協やフードバンク、そして奥田知志牧師らが動かす「ホームレス支援全国ネットワーク」がフル回転し、続々と食品や生活用品などが届いた。鳥取からスタッドレスタイヤを付けたトラック2台が来た。

専従スタッフの今藤雄さん(35)は、地理に詳しいことからまず訪れた多賀城市や七ケ浜町で、被害の大きさに言葉を失った。遺体はまだ収容されていない。鉄骨だけになった建物の屋根に漁船が乗り上げていた。

めちゃめちゃになった病院で壊れた窓から医療機器やベッド、衣料品が飛び出している。行政の目が届かず、山の上の何もない空き地の地べたに「避難所」と走り書きした板を立て、身を寄せ合って震えている人たちがいた。親しい友人は母親ら家族が家ごと流されたという。

先々で乾パンや飲料水、タオル、シャツ。そういった「モノ」を手から手へ渡しながら励まし合う、文字通りいのちに寄り添う活動だった。その中で今藤さんは「人は誰も一人では生きていけない。でも誰にも人の役に立ちたいという思いがある。手を差し伸べればやがて立ち上がっていかれる、ということを学びました」と言う。

ある避難所で50代の男性が「全部なくなった。もう終わり、何をやっても駄目じゃ」とため息を吐き出した。「でもやんなきゃ」。今藤さんがそう言いながら通ううち、「俺たちで何とかする」。そして5月に食料を持参した時には「もっと大変で食べられない人がいるから、これあげれ」と言葉が返ってきた。