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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 1(2/3ページ)

2012年5月22日付 中外日報

かねて「スーパーマン」視される高橋住職はしかし、震災で「従来の概念が総崩れになった」と衝撃を受け、その中で個人の働きに加えネットワーク、人と人とのつながりによって巨大な「苦」に立ち向かった。

この「大量死」、震災の衝撃と原発事故に象徴される文明の破綻、多くの人々の悲・痛・苦。「それに、この社会が日本宗教界が果たして向き合うことができるのか」との思いが常に胸に去来していた。

「息子夫婦がおにぎりを三つ枕元に置いて、避難して行ったのさ。これで生き延びろって」。福島県南相馬市の小学校の避難所で、壁際に寒さで震えながら寝ていた高齢の女性は、薄く笑いながらそう言うと、高橋住職の前で涙を落とした。

3月21日早朝、住職は平素から協力関係にある諏訪中央病院(長野県茅野市)の医師2人、看護師1人の医療チームと、原発30キロ圏内にかかる同市に入った。途端に放射線量計のアラームがけたたましく鳴りだした。

その瞬間、チェルノブイリ原発4号機周辺でアラームが鳴り続け線量計の針が振り切れた際の経験がよみがえり、恐怖が全身に走った。20年前、事故から5年後になお厳戒態勢の同原発地元へ放射線障害を受けた人々の医療支援に入った時だ。

住職が被災地の中でもボランティアや行政の手さえ届き難い福島を目指したのは、彼方のベラルーシへ36回も訪れたその支援経験からだった。

事前に、一緒に支援を続ける鎌田實・同病院名誉院長(63)が現地の医師から聞いた情報で、南相馬市立総合病院が医薬品や吸入用酸素、燃料欠乏で危機的状況にあることを知り、大量の薬剤などを携えていた。県庁、市当局や「全国ネットワーク」のNGOなどとも密接に連絡を取っていた。