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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 1(3/3ページ)

2012年5月22日付 中外日報

南相馬の街からは人々の姿が消えていた。「同じ事が起こっている」。20年前、共にターミナルケアなどに関わっていた鎌田医師と一緒に、旧ソ連・モスクワの知人から「子供たちに晩発性障害が頻出している。日本の医療で助けてほしい」との要請を受けた。

何重もの規制をクリアして現地に入ると、強制退去させられた村々は廃虚と化し、小児に甲状腺がんが顕著だった。現地政府による情報隠蔽、操作が背景にあった。300キロも遠方まで移住させられた老人が住み慣れた村へ勝手に戻るケースが目立ち、「サマショール(わがまま者)」と呼ばれている。だが地域社会は完全に崩壊していた。

「事故の形態こそ異なるが、事情は福島も全く同じです」と高橋住職。「安全神話」を振りまき、揚げ句に事故を起こしても満足に対処ができない。「サマショール」は一体誰か。

支援の手が入らず命の危険が迫った市立総合病院の入院患者は全員、搬出されていた。外来患者は多いが薬局は全て閉まっている。市内の避難所へ医療チームで往診にも回り、持参した医薬品は全て提供した。

7万人の市人口の半数以上が脱出したが、行政の不手際で結果として放射能が拡散した北西方向へ避難が相次いだ。4日目に高橋住職は、行政が用意した群馬への「自主避難」バスの説明会を聞く人々のそばにいた。

「犬は連れていけないので、鎖につないで餌を余分に与えておくように」との注意に、愛犬と避難所にいる男性が怒りだした。体が不自由で長旅が無理だと訴える高齢者。「屋内退避」から「自主避難」に指示を変える中で「政府は、いかに批判を最小限に抑えタイミングよく撤退させるかしか考えていない」と高橋住職は憤る。

避難所に83歳の男性が来た。20キロ圏内の自宅に1人でいるのを自衛隊員に発見され連れてこられた。福島原発で2度目の水素爆発が起きた14日、避難をめぐって息子や孫らと家族会議を開いたという。そこで男性は言った。「お前たちは未来があるから逃げろ。俺はこの家でばあさんの位牌を護りながら死んでいく」

(北村敏泰)