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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 6(2/3ページ)

2012年6月7日付 中外日報

夕方6時半、瓶に入れた花とマグカップの線香立て、パック酒が並ぶ祭壇を前に慰霊祭が始まった。被災地から帰った真宗大谷派僧侶、川浪剛さん(50)は久しぶりで法衣に着替え、他の僧侶と3人で立った。進行は、ここに22年以上住み、労組などでつくる「釜ヶ崎反失業連絡会」共同代表でもあるカトリック教会フランシスコ会司祭の本田哲郎神父(69)だ。

本田神父は三角公園前の「ふるさとの家」を拠点に、布教や慈善事業ではなく、釜ケ崎の貧しい労働者、野宿者のいのちと生活を守るため共に連帯して活動してきた。ミサもすれば、週4回の散髪ボランティアなどで人々に接し、行政への訴えのデモにもしょっちゅう参加する。坊主頭で日焼けした顔は皆に知られ、誰彼なく声を掛ける。

「亡くなった仲間の冥福を心から祈りましょう」。七分ズボンにTシャツの肩から紫色の輪袈裟のようなストーラを掛けた本田神父が、優しい声で祈りを始めた。

「神の栄光は地の低いところ、貧しさと闘う人々から輝き出る。低みから立つ者とともにはたらかれるキリスト、あなたこそ『世の罪』、抑圧と差別を取り除く神」。宗教者としての立ち位置は鮮明だ。香炉をかざし黙祷に入ると、会場は水を打ったように静まった。

賛美歌ではなく沖縄の歌「花」を全員で合唱。川浪さんら僧侶が阿弥陀経を読む中で、本田神父がこの1年に亡くなった人の名前を読み上げる。

「フクダマサオさん」「アガワさん」「大ちゃんことオオタニさん」

掛け替えのないそれぞれの人生の限りない重みが広場の参列者を包み込んだ。神父が発した死者のための祈りは「みとる者もなく路上で公園で、河川敷で息を引き取った仲間たちを、神様、あなたの懐に迎え入れてください…貧しさと差別で死に追いやられた世界中の人たち、戦争や暴力、震災や原発事故でいのちを失った人たちが、全ての苦しみから解放され…」というものだった。

読経の結びに川浪さんらが「南無阿弥陀仏」を唱えると、本田神父も労働者らと共に唱和した。そこには教派の違いを超越し、貧困など世の苦しみ、死の悲しみを通して人間の解放を目指す宗教の本質が現出していた。