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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 7(1/3ページ)

2012年6月9日付 中外日報
年末の「越冬闘争」の炊き出しで公園に集まった労働者たち。職もなく、高齢者が目立つ(大阪・釜ケ崎で)
職もなく、高齢者が目立つ(大阪・釜ケ崎で)

求められる場へ「行ッテ」

日常の世こそが災害

日本経済全体の疲弊は、失業や賃金低下によって釜ケ崎など「寄せ場」の労働者たちに特にしわ寄せされる。原発労働のような問題も重なって社会矛盾が集積する。

昨冬、仕事がなく寒さが厳しい年末年始に野宿者、失業者たちのいのちを守る「越冬闘争」が、北海道から鹿児島まで、東京・山谷や横浜・寿など全国30カ所以上で繰り広げられ、そこで支える宗教者も多かった。炊き出しや宿泊提供のほか、行政によるテント小屋撤去への抗議活動なども宗教者らのネットワークで情報発信された。

カトリック司祭の本田哲郎神父(69)の姿もいつもその釜ケ崎の人々の間にあった。フランシスコ会日本管区長のエリートだった本田神父は、釜ケ崎でキリスト者としての根幹を揺さぶられた。

22年前、路上の人々に「良い子」ぶって施しをする自分を受け入れてもらい、逆に人間の優しさや強さ、悲しみを教えてもらった。「神は貧しい者、小さくされた者の側にいる」と確信した。貧しさを美化してはいけないという。「小さくされた」の表現は社会の抑圧構造への批判だ。