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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 7(3/3ページ)

2012年6月9日付 中外日報

同じ釜ケ崎で活動する真宗大谷派僧侶、川浪剛さん(50)の場合は、「毒矢が刺さった人を助けるのに矢を抜く前に、誰が射たか、何でできているかを論じても仕方ない」。釈迦が説いた「毒矢の例え」を引き、まず行動を訴える。

「親鸞さんならどうしたかと考えると、当然動かれたと分かるのです」。被災地では、生活再建や子供たちの教育など、まだまだ取り組むべき課題が山積していると川浪さんはみている。

大規模な天災で人々が利他精神を発揮する、社会学で言う「災害ユートピア」。その論議の前提には「日常の社会こそが実は既に災害状態」という認識がある。そして宗教者は、この世は苦に満ちていることを知っている。教会から釜ケ崎へ「行って」定住した本田神父には、その場の人々が置かれた日常の状況こそが「災害」であり、そこが被災地なのだ。

東北の現場へ「行って」仕事を続ける川浪さんは、近所の家さえ車で何分もかかる過疎地に生活物資を届ける。

高齢の住民が、人工透析を受けに送迎バスで通う病院の売店で日々の買い物をして生活していた。「遠慮があってSOSも出せない。こちらから行かないと駄目です」。川浪さんは「僕の阿弥陀如来は立って、右足を踏み出してるんです。『さあ、行かなあかんよ』って」と言う。

「自分がやるぞ!」と気負わなくても、大変な現実の前で共に立ち尽くしてくれる宗教者が人々に求められていると思う。仏教者としての覚悟とは、どんな苦難に接してもくじけずやり続けられるかどうかだと考えている。「それさえあれば、必要な理論付けは後で考えること。まず行って動かないと何も始まりません」

そして、行くのは被災地でも他の苦の現場でも同じことだ。「行く」姿勢そのものが宗教性。行いが求められる、その場所が現場だ。

大震災で、川浪さんらのように「常に現場へ」の姿勢で駆け付けた宗教者は多い。

(北村敏泰)