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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 8(1/3ページ)

2012年6月14日付 中外日報
原発事故を苦に酪農家が自死した農場。こんなのどかな農村に事故禍が襲い掛かった(福島県相馬市で)
原発事故を苦に酪農家が自死した農場

「悲しむ力」で共に悩み

被災と二重の苦しみ急増

仙台市の内陸部にある火葬場で昨年3月下旬、小さな棺が荼毘に付されようとしていた。中に眠る小学3年の長男(10)に最後の別れをした30代の母親は、だが棺のふたが閉められると、「もう一度開けて!」と大声を上げてすがり付き、「起きなさい、学校に行く時間でしょう!」と遺体に向かって泣き叫んだ。

頼まれてたった一人で読経していた東京の真宗大谷派僧侶、中下大樹さん(36)はぼう然と見守るしかなかった。津波で夫も失ったこの母親は、夏になって手紙を寄せた。「息子の死を忘れないで、その分まであなたが精いっぱい生きてください」。激しく感情をぶつけた母親が少しは落ち着き、悲しみと静かに向き合っていると感じた。

「悲しむ力が大切なのです。悲しむとは自分のつらい部分を見つめるということです」。そういう中下さんは以前から僧としてさまざまな苦に向き合う活動の中で、自らも悩み、悲しみ続けた。

震災直後から遺体捜索や読経に取り組んだ中下さんは、安置所を埋めた膨大な人数の無残な遺体や遺族の底知れぬ苦悩に打ちのめされた。「供養というより思わず手を合わせて祈るだけでした」。無力感の中で、東京に戻ればテレビで「頑張ろう」の合唱。被災地とのギャップに、何も手に付かず泣けてばかりで鬱状態になった。