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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 8(2/3ページ)

2012年6月14日付 中外日報

宮城県石巻市で、ブルーシートにくるんだ赤ん坊の遺体を抱えた母親に読経を依頼された。口や耳まで詰まった汚泥を、居合わせた人たちも手伝ってきれいにすると、最後に残った目の中の泥を母親は自分の舌で拭い取った。

一緒の僧侶らは嗚咽で読経ができなくなり、皆でひたすら合掌した。「安らかに眠ってね。ママにしてくれてありがとう。短い時間だったけど幸せだったよ」。涙ながらにもそうわが子に語り掛ける母親の姿に、「祈り」の力を感じた。

5月からはいろんなチームで避難所や仮設住宅の訪問を重点にした。支援の少ない福島へシフトし、1年間で100日近くを過ごすことになった。その後も、何度も通って人間関係ができると、自死が急増していることが分かった。遺族は話さず、警察などから間接的に情報が入る。200世帯の仮設で3件も起きたケースもあった。

津波から助かっても生きる支えがなく、「なぜ私だけ残ったのか」と嘆く。「自分は世間のお荷物だと思い込んでしまう。東北は元から生活基盤が弱く、そこに震災が拍車を掛け、貯蓄も尽きて一気に『早く死にたい』となったのです。制度的支援が不可欠です」と中下さんは言う。

浪江町で農業をしていたが原発事故で強制避難となった80代男性は、「生まれ育った地へ戻りたい」と切望していた。家族はなく、仮設住宅から一人抜け出して自宅納屋で首をつった。仏壇に「迷惑をかけてごめんなさい」との遺書があったという。

長年励んだ自営業が避難で再建のめどさえ立たずアルコール依存の末に命を絶った50代男性も。妻は悲しみの中にも「夫は苦しんでいたから今はホッとしていると思う」とこぼした。「自殺された方の死に顔は安らかに見えることがあります。この社会で生きること自体に重力がかかっている。それから解放されたからでしょうね」と中下さんも複雑な思いだ。