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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 8(3/3ページ)

2012年6月14日付 中外日報

「遺族にとっては被災と二重の悲しみ。簡単にグリーフケアなどできない。念入りに関係を築いて伴走しないと」という中下さんが目指すのは、後追いや絶望を少しでも防ぐことだ。「地震のひび割れにシートをかぶせるのと同じです」

いきなり「こんにちは。何か悩み事は?」ではない。例えば仮設住宅での炊き出しで、足の不自由な高齢女性から依頼され部屋に持っていくと、「役場へ行かねばならない」と相談された。そこで付き添いをして初めて、津波の犠牲になった家族の死亡手続きだと打ち明けられる。

さらに、「聞くことで相手が本当に救われるのかどうかも考えないと」。「聞く」以前に相手が「話したい」と思うか、「この人なら受け止めてくれる」と思うかどうかだ。「例えば、苦しんでいる女の子にカウンセラーや医師もいいが、好きな歌手の歌の方がいいこともあります。要はその人が安心感を抱け、本来持っている生きようというエネルギーが引き出されるかです」

「ケア」とは「助けてあげる」ではなく、こちらも人間として泣いたり感情が高ぶったりする「相互作用」だと言う。

すっぽかされて、「ふざけるな」と思うことがある。しかし、相手はこれまで何度も傷ついて人間関係を作ることが怖いからかもしれない。「つまり本当はケアする自分自身、生き方が問われている。マニュアルではなく人間は皆弱いものだというのが前提ですね」

弱さや悲しみをしまい込むことなく試行錯誤する中下さん。まずは自分をぶつけて行動せざるを得ない。「宗教性」はあくまでその結果として表れると感じている。

ここへ来るまでに、いろんな活動を積み重ねてきた。大学院で終末期医療・ターミナルケアを学び、死生観を求めて28歳で縁あって僧侶になった。仏教系のホスピスに勤務した後、東京に戻って独居高齢者の見守り活動を始め、自死防止や若者の悩み相談の取り組みもしている。それらは同時に、自分が何をすべきか常に悩み続けた軌跡でもあった。そんな僧侶もいるのだ。

(北村敏泰)