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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 9(2/3ページ)

2012年6月16日付 中外日報

28歳で教師資格を宗門学校で得、紹介されて入ったその現場ではしかし、自己の存在を揺さぶられた。死の床にある人と相対し、手を握って心を安らげる話ができたこともたびたびだった。

だが、院内の仏間での朝夕の勤行に患者はめったに姿を見せず、逆に「お経が聞こえて嫌だ」と苦情が出る。スタッフとして病室に入ると「坊主が、縁起でもない」と露骨に嫌がられ、「耐え難い苦痛でした」。生と死に関わりたいのに、どうすればいいのか。医療者から「人の便や尿を嗅いだこともないだろう」と言われ、打ちのめされた。

亡くなった患者の「お別れ会」では導師を勤めるが、「皆からは単に『葬式係』としか思われていない、とふて腐れてしまいました」。そう正直に告白する。「居場所がない」と病院に行くのが苦しくて嫌になった。

しかし、「苦い過去ですが、それで今の自分がある」と言う。身寄りのない末期の80代の女性患者の担当になったが、僧侶ということで散々疎んじられた。だが、食事も取れないほど衰弱したある夜、「帰らないで」と言う。このまま一人でいるのが怖いと延々話し続ける女性に、中下さんは「何で今さら。自分の都合のいい時だけ」と感じ、「早く終わらないかなあと思いながら聞いていました」。

そんな日が続き、いよいよ危篤となった深夜に駆け付けると、女性は震える手を差し伸べて中下さんの手を握り、荒い息の下で口をぱくぱく動かす。耳を近づけると、最後にゆっくりした言葉が聞き取れた。「ひ、ひ、ひとの痛みの分かる、人になってね」。そう言って息を引き取った。胸をえぐられる思いで涙が止まらなかった。

「私が嫌々仕事をしている、僧侶でありながら自信がなく、ひとの痛みを一緒に悲しむこともできないことがお見通しだったのです」。そして、「そんな私でも生きていい。存在を肯定された気がしました」。女性が「輝く阿弥陀様」に見え、同時に「今、目の前にいる人との縁を大切に」と教えられた。