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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 10(1/3ページ)

2012年6月19日付 中外日報
講演で震災での体験を語る中下さん。遺体安置所の話に会場は静まり返った(東京・築地本願寺で)
講演で震災での体験を語る中下さん(東京・築地本願寺で)

「弱さ」に正直な仏教者

人々から寄り添われ

「生まれてこなければよかった」。東京の真宗大谷派僧侶、中下大樹さん(36)は子供の頃にいつも思っていた。母子家庭で育ち、家事も育児もしない母親に「あんたなんか産むんじゃなかった」と言われて絶望する。

転校を繰り返し施設にも入れられ、預けられた実家の祖父は厳しく暴力的で竹刀でしょっちゅう殴られた。貧乏で、いつも不機嫌な祖母とも会話はなく、誰からも愛されない。自分の感情にふたをし、気付かないふりをして苦しい現実から逃れる少年だったという。「幸せを考えたことは一度もありませんでした」

さらに親戚に身を寄せていた時、学校から帰って、おじが天井から首をつって自殺しているのに出会った。その衝撃はトラウマになったが、少年が「死」を急に身近に感じ、深く考えるきっかけにもなった。この生い立ちに、中下さんは著書で触れた。

だが、後に祖父母が亡くなった時には解放された思いで、涙もまったく出なかったと打ち明ける。ホスピスで世話した患者の死には号泣したのに肉親に対して何とひどい、と自分で思う。「しかし、そういう自分を抱えて生きていくしかない」。『歎異抄』に親鸞聖人が弟子の唯円に、念仏を唱えても喜びを感じられないと告白する場面がある。

「阿弥陀さまの救いに身を委ねることができない煩悩の自分がいる。そういう自覚こそが大事だ、と聖人は教えてくださったのだと思います」。中下さんの根底にある「悲しむ力」は自分の嫌な所も見つめることから始まっている。それが、多くの人々の苦しみ、悲しみに共感できるエネルギーになっている。