ニュース画像
倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
トップ> いのち寄り添うリスト> 駆け付けた人々 11
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 11(3/3ページ)

2012年6月23日付 中外日報

共感より共苦。「代受苦」と住職は表現する。4回目、泥水で重い畳をやっと持ち上げると、緑色のビニール袋に入った写真束の端がのぞいた。「あ、あったぞ!」。住職の叫びに全員が駆け寄った。孫の学芸会でほほ笑むおばあちゃんの顔があった。女性は肩を震わせ、皆が号泣していた。

帰り際に、「また来てくれますか?」と名刺を求められて初めて僧侶と明かす。名乗らないことも多い。名乗って読経を頼まれれば応じるが、「それで相手が坊さんだと泥かきを頼みにくくなってはいけません」。

だが杉若住職は「行いも読経なのです」と言う。「お経には立派なことが書いてあるが、それを読んで唱えるだけで終わりではない」。例えば法華経が「妙法経力」「即身成仏」と説く、そのことの実践だ。そして住職は、作業をしながら心の中でその言葉や「南無妙法蓮華経」を唱えている。「釈迦の出来の悪い弟子として仏の力で支えていただくのです」

岩沼では農家で汚泥の除去作業をした。汗が噴き出しガラス片で手袋が裂けるが、20センチも積もった泥をよけた下に青々とした野菜が生きていたのに生命の力も感じた。飲み物を振る舞ってくれたその家の主人が話す。「津波は松林の上を壁みたくなって来た。地震の後、通帳や入れ歯を取りに戻った人が流された」

もともと、農業は先細りだった。辛うじて助かったが、震災前に買って少ししか使わないコンバインや田植え機が駄目になり、その借金返済に外へ働きに出ているという。住職の顔も曇った。「これからどうしていいか。テレビでタレントに『頑張ろう』って言われてもなあ」。震災前からの社会構造は変わらず、弱い所に苦は集中する。

5日間の日程を終え京都に戻ると、買い物客でにぎわう繁華街で、「日の丸」を二十数本も林立させた団体がデモ行進していた。明るくはしゃぐ若者も交じり、プラカードには「頑張れ!」「強い日本」の文字が躍っていた。

(北村敏泰)