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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 12(3/3ページ)

2012年6月26日付 中外日報

1月に東京で開かれた支援をめぐる情報交換会では、「行茶」という傾聴活動をする福島の曹洞宗僧侶が「ボランティアはあくまでも『触媒』であり伴走者で、主役は被災者。僧侶としての自己認識を持ちながらも自分の立場を被災者に押し付けないことが重要だ」と訴えた。そこから、精神的・物質的温度差が存在する仮設・みなし仮設入居者と地域住民との交流が必要、といった具体的課題も指摘された。

2月の各教団研究所関係者の懇話会では、「相手と同じ目線に立つことが大事。そのことで本来人間に備わっている治癒力やいのちの力が回復していく」との意見も。また臨済宗関係の研究会で仙台の副住職が「うっかりした一言が被災した人を傷つけ、逆に一言が心を開くきっかけにもなる」と教訓を述べた。

一方、5月の日蓮宗関係のパネルディスカッションでは、青年僧侶が子供の支援活動をしていて、寺に宿泊して朝勤行という宗教色の濃い活動に協力NPOから難色を示されたケースが報告された。悲嘆ケアの専門家から「宗教色を出すことの是非は、支援を受ける側が決めること。決めるのは相手だとの姿勢を貫けば、布教のための支援だとの誤解による批判を恐れることはない」という意見も出た。

仏教には多くの引き出し、つまり人間の数だけ「仏教」があると話す杉若住職の考えは、日常の多彩な活動に反映されている。例えばFMラジオでのくだけたトーク番組、そして寺の外の肩の凝らない場で、不特定のいろんな人々と語り合う「ボンズ・クラブ」もそうだ。その例会「つきいちボンサンと語ろう会」は昭和63年に始め、通算270回に迫る。

京都市の閑静な住宅街の、「平心低頭」する坊さんのイラストを染め抜いた暖簾がかかる古い町家が会場。毎回、住職の磨きのかかった話術で盛り上がり、老若男女がお茶やコーヒーを飲みながら活発に論議を交わす。

「お経」がテーマの回。「坊さんが読経を聞かせる相手は、前の仏様か、後ろに座った人たちか」という話で、「両方だとこうなりますが、実は……」と住職が回転しながら読経して見せ、爆笑が巻き起こった。

(北村敏泰)