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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 13(2/3ページ)

2012年6月28日付 中外日報

テーマは「友情と愛情」「かけがえのないもの」など身近な問い掛けから、「脳死」「がん」「イスラム」「日本社会の不都合な真実」「原発」といった社会的問題、そして「魂とは」「諸行無常」など仏教に直結するものまで多様だが、どんな話題でも住職は仏教的な感性に引き付けてコメントする。「日常社会を見渡し、この問題は仏教的に考えるとどうなるかと考えます」

決して「法話」ではない。杉若住職の話に続き、引っ込み思案の人でも必ず参加者のほぼ全員に発言してもらう。人と人との触れ合いが目的だからだ。その理由は会発足のきっかけ、背景にも関係する。

若いころ、仲の良かった高校のテニス部の後輩が自死した。森の中で車に排ガスを引き、遺書はなかった。その父親から「何か悩みを相談していませんでしたか?」と尋ねられた。が、心当たりさえなく、「近しい友人としてそれを期待されながら何ができていたのか」と大きなショックを受けた。

既に僧侶になっていたが、「彼には生きる道である仏教さえ語っていなかった」。それが、常に人々の悩みに「アンテナ」を張り、待っているのではなく話をしに自分から出掛けて行く思いにつながった。

それでも、始めたころはついつい力が入り、発言した参加者を説き伏せようとしていた。「坊さんの悪い癖ですか。『もっと話を聞いてくれると思ったのに、要は説教したいだけなのか』と言われました」

新聞の紹介記事を見て、電話で「どんな会ですか? こんな話でもしていいですか?」と繰り返し尋ねる若い男性がいた。何度目かに「とにかく一度来てくださいよ」と言うと、相手は感情を高ぶらせた。「行きたくても行けないのに」。体が不自由のようだった。

試行錯誤だ。それでも参加者同士のつながりも深まり、多様な付き合い、ネットワークができた。会がきっかけで結婚した男女もいる。