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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

駆け付けた人々 13(3/3ページ)

2012年6月28日付 中外日報

いわば「お寺の出張」とも言えるこの会によって「縁」ができている。そして、震災発生の3月から一緒に支援活動に赴いたのは、この会に参加する仲間たちだった。住職は、引き続き「アンテナ」を張って、今後は仮設住宅の人々を支える活動を準備する。

災害支援やボンズ・クラブなどの活動に通底するものは何か。「こういうときに、お釈迦様ならどうされるか、です。『出家』なんだから本当は寺にいることがおかしい。お釈迦様のように放浪すべきですが、それができないからせめて外の世間の人々に接していたい」。常に、何が問題か問い続けるのが自分の姿勢のエネルギー、糧だという。

幼いころ、父に連れられて会った老僧にカステラをもらい、その包み込むような大らかさに「お坊さんっていいな」と感じた。小学5年生で得度し、一人で檀家の月参りに行くため頭陀袋を提げて歩いていると老女に合掌された。反対に大人から「ボクところは一回お経覚えたら、それで家がずっと安泰やからええなあ」と言われ、深く傷ついて苦悩した。

そしてあえて進んだ一般大学の学生時代、身延山久遠寺に初めて参り、本堂に向かう287段の階段を歩んだ。一段ごとに信心が増すとされる「菩提梯」を上りきった時、涙があふれて「自分が日蓮聖人の弟子として坊さんになると確信した」という。

「いろんな方との出会い、いろんな言葉でここまで来ました」。そして、被災地にも、世の中全てにも悩み苦しみがあふれていることが分かる。「人と人とが求めてつくり上げていく世界、人間とはこういうものだと仏教は示している。お釈迦様も生身の人間で同じ悩み苦しみを経験された、それを僧侶としてどう伝えていくかです」

(北村敏泰)