ニュース画像
北山十八間戸の法要には100人以上の参列者が詰め掛けた
主な連載 過去の連載 エンディングへの備え
苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 1(1/3ページ)

2012年7月5日付 中外日報
仮設住宅にはさまざまなグループが支援に訪れる。独居世帯の目印である小旗の出ている家も(岩手県大槌町で)
仮設住宅にはさまざまなグループが支援に訪れる

悲しみを分かち合い

見捨てられる不安なくす

「今、何をなすべきか」。被災地の苦の現場への寄り添い方は、状況と場所、時期によってさまざまに変化する。その中で、常に「ここで何が求められているか」と、人々との「共苦」の思いを抱きながら支える宗教者たちがいる。

震災直後から1年以上が過ぎても毎月数日ずつ、東京から岩手の現地入りを続ける浄土真宗本願寺派安楽寺の藤澤克己住職(51)は、今後は被災者の心に積もった悲しみの「分かち合い」が重要になると感じている。

藤澤住職は、5年前から首都近郊の僧侶らと自死を防ぐ活動を積み重ねていた。その仲間を中心に呼び掛けて震災直後の3月17日に東京で追悼の祈りを行い、1週間後には5人で岩手と宮城の避難所や遺体安置所を訪問した。国道以外は瓦礫に埋まった凄まじい状況だが、岩手では釜石市と大槌町で1日に計7カ所ほどの安置所を回り、犠牲者の供養をした。

焼け焦げた足がビニールシートからはみ出した遺体の列、作務衣の下にジャンパーを着込むような寒さにもかかわらず猛烈な死臭。「あの衝撃は普段の葬式や自死された方の葬儀でも体験したことのないものです」。着の身着のままの遺族を前に、持参した法衣は着けず輪袈裟に念珠だけで勤めた。焼香して唱えるのは般若心経だった。

真宗では「自力」の経としてほとんど使われないが、曹洞宗寺院が多い地元では一般的だ。

藤澤住職は「真宗では称名念仏こそが『正行』で、それによってのみ救われるとしていますが、だからと言って他の行が間違いとされるとは私は理解していません。この行で私が救われるわけではないが、あの地で求められ、弔いをするのに最もふさわしいと思いました」と思いを語る。