ニュース画像
敬白文を読み上げ決意を示す菅管長
主な連載 過去の連載
エンディングへの備え
時代を生きる 宗教を語る
購読のお申し込み
新規購読キャンペーン
紙面保存版
いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 1(3/3ページ)

2012年7月5日付 中外日報

仮設住民の間にも被災の「格差」のようなものがある。高齢の女性は「うちは家を流されたけど父ちゃんは無事。だけどあっちは父ちゃんも亡くしたから話をできん」と住職に語った。夫は無事でも悩みや悲しみは深いにもかかわらず、それを胸にしまい込む。「不幸比べ」になるのがさらにつらいからだ。

「僕がよそ者だからこそ話しやすい、そんなケースがかなりあるのです」。藤澤住職の身に付いた「話を聞く」姿勢もそうだが、「この人になら話せる」という関係や状況をつくり、そこで思い切り悲しみを吐き出し分かち合う工夫をすることが必要だと痛感するようになった。

安否確認目的の2人一組だと話が困難な場合もある。凍えるほど寒いのに暖房費がもったいないと耐えている高齢女性がいた。「よく我慢できるなあ」と藤澤住職が心配した通り、女性は深い悲しみをも我慢していた。

じっくり思いを打ち明けることができる手紙をやりとりすることも考えた。自死を考える人の相談で大きな成果が挙がった経験からだ。

だが話さえしない人は手紙も書く気力が湧かない。「何とかしなくては」と模索中で、まずは支援仲間と地元の集会所などに拠点をつくり、そこで活動する姿を人々に見てもらって広げていこうと思っている。

前提として藤澤住職には、主役は被災者であり、その自立を側面から支えることこそが役目だという気持ちがある。それも、自死への対策の取り組みから得たスタンスだ。

「僕には大したことはできないが、そういう所にいる人の悲しみに添いたいのです。不条理な死を見届けてしまったからです」

(北村敏泰)