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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 3(3/3ページ)

2012年7月12日付 中外日報

藤澤住職は東京から赴いた仲間と、安置所になっている学校体育館に供養に入った。この日4カ所目で、入り口に会議机の上に香炉と「物故者の霊」と記した位牌を置いた祭壇がしつらえられている。受付にいた警察官に趣旨を告げると、「よそから来た人」と見られていることが分かったが、「まあいいですよ」と招じ入れられた。

ところが中では、地域の菩提寺の和尚らしい黒い法衣を着た僧侶が懇ろに読経をしている。しばらく待ち、経を終えた僧侶と入り口で擦れ違った時だ。「来る前に連絡を取ってほしかった」と厳しい視線で告げられた。「でもせっかく来たんだから、お勤めしてください」と促された。

外はみぞれが降る厳寒。ストーブの前であらためて挨拶を交わしたが、ずっと供養を続けていたその僧侶は手がかじかんで名刺がなかなか出せなかった。地元の曹洞宗吉祥寺、高橋英悟住職(39)だった。

高橋住職には「ありがたいが、遠くから来るガソリンがあるなら困っている地元に回してほしい。遺体捜索の消防団さえ動けないのだから」との思いがあったのだ。

そんな大変な状況で連日安置所を回り、そして犠牲者が土葬されるとの情報に、それを避けるため対策に奔走していた。

震災前から地域と深い結び付きがあった吉祥寺。「供養してもらうならうちの和尚でなければ」との地元の人々の心情が藤澤住職にも感じ取れた。「しっかり弔っておられるのがよく分かりました」と安堵の気持ちで別れた。

高橋住職のその「地元性」から来る覚悟と気迫。東京のビル街に位置する自坊で大都会の寺院としての在り方を模索する藤澤住職は、それに深い共感を覚え、苦の現場に寄り添う宗教者同士の連帯感が生まれた。

その絆はその後も引き続き、大槌町に通う藤澤住職は今年の3月、吉祥寺の「一周忌法要」にも参列した。

(北村敏泰)