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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 4(2/3ページ)

2012年7月19日付 中外日報

線香を手に、床に並んだ遺体一人一人を巡りながら「大悲心陀羅尼」を読経する。「一切の恐怖の中にあって衆生を救いたもう観自在菩薩に帰依したてまつる……」の意がある。多い日は140から150体が隙間なく並び、シートや毛布を掛け氏名や身体特徴を記した紙を張り付けただけの死者たち。泥まみれの苦しそうな顔に、遺族から悲痛な叫びが出た。

30代の女性と小学生らしき娘の遺体がある。住職と同世代の父親と男児が、シートをめくった途端「あーっ」と悲鳴を上げ号泣した。高橋住職はしゃくり上げて読経ができなくなった。かつてどんな葬儀でも体験したことがない衝撃だった。

「仮土葬するしかない」。3月下旬に町役場から聞いた話が追い打ちをかけた。唯一確保できた埋葬予定地は、以前家畜を埋めた牧場跡。顔見知りの遺族の苦悩が胸に迫る。住職は役場幹部に懸命に掛け合うとともに、町外での火葬確保に奔走した。知人の話では、県内の遠方の火葬場まで十数万円もの霊柩車代を請求されるという。

ボランティア団体などに連絡して過去の災害も含めて情報収集し、自衛隊が運んでくれることが分かった。この時点で宮城などでは既に搬送が実施されていた。花巻などで受け入れのめども見えた。役場職員も尽力し、4月1日に土葬回避が決まった。一斉に火葬が始まり、町外の遠方の斎場まで供養に赴いた高橋住職は、帰りの車の中で端正な顔をくしゃくしゃにしてまた泣いた。

「故人を張り裂けそうな心境で待っている人がいる」という思い。お経はうちの和尚でなければという地元の気持ちに応えたい使命感。「残された方々に安らいでいただきたい一心でした。便利な暮らしも何もかも、当たり前に思っていたものが全て通用しなくなった中で、生き続けることが死者への供養にもなる。そう信じますが、あの時には考える余裕さえなかった」と振り返る。

不安はあったが、読経の途中に訪れた遺族が「和尚がしてくれてるんだねえ。安心だあ」と言ってくれたことに勇気を得た。地域とのつながりが力になっていると思える背景に、12年前に県外から住職に就任して以来の人々との並ではない付き合いがあった。