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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 6(3/3ページ)

2012年7月26日付 中外日報

「皆さんの悲しみはまだまだ深い。亡くなった方にしっかりお別れできていない人はなおさらです」。吉祥寺の高橋英悟住職(39)はそう語る。

檀家の40代女性は、夫婦で商店を経営していた母親が行方不明だ。今は父と仮設の店を経営するが、生前に母からもっと何でも教わっておけば良かったと思う。疎遠だったという後悔が、1年以上たっても遺体さえ見つからない悲嘆に輪を掛ける。葬儀はしたものの、一周忌には住職に長時間、涙ながらに苦しさを訴えた。

吉祥寺には毎日のように、ひっきりなしに住民が訪ねてくる。庫裡玄関のチャイムが鳴ると、住職が「はーい」と柔和な声で迎え入れ、「どう? このごろ」と話が弾む。墓参りや法事に来る檀家に「大変でしょうが、おじいさん、おばあさんが昔から幾多の困難を乗り越えて私たちに伝えてくださったこの命を、しっかり生きていくことが一番のご供養です。時間をかけて進んで行きましょう」と語り掛けると、黙ってうなずく。

高橋住職は、かつて東京の寺で役僧をしていたころから「つらい思いをしている人が前を向く手助けができる和尚になりたい」と考えてきた。そのように人々に接する師匠の背中からそれを学んだという。

父は公務員という在家の生まれ。高校2年の年に亡くなった母方の祖父が曹洞宗住職で、葬儀で多くの僧侶から聞いた話から坊さんに興味を持った。大学4年の時にラグビーで腰に大けがをし、もう歩けないかもと医師に告げられた。手術で4カ月入院し、リハビリ生活をしたのが寺。やっと立ち上がれた際、車椅子での目の高さとの違いが驚きだった。「貴重な経験をしたのだから、それを人のために」との住職の言葉が仏の道に入るきっかけになったという。

「私自身が多くの方に教えられてきた」。震災はつらいが、それがなければ知り合えなかった人々にも縁で支えてもらった。それに応えようという思いが住職を突き動かす。

(北村敏泰)