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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 7(1/3ページ)

2012年7月28日付 中外日報
消防分団の慰霊法要。高橋住職の読経の中、団員一人一人が小さな遺影に向かって焼香した(岩手県大槌町の吉祥寺で)
消防分団の慰霊法要(岩手県大槌町の吉祥寺で)

死んだ人のことを思い

生きる人を支えていく

被災地で人々を支えるとはどのような事なのか、多様な声を聞いた。ある宗派の会合では現地報告として「地元の人たちが助け合って行動している所へ行政やボランティアの支援が入ることによって、住民が『被災者』になるという面もある」との指摘があった。

若い宗教者らのネット通信では「現地の方から『支援慣れしてはいけない。やれることは自分たちでやらねば』という話を聞いた。その気持ちをくみ取らねば本当の支援にならないのではないか」との意見が書き込まれた。現場でのいろんな取り組みに接した研究者は「人々の間に、お互いさまという『共感縁』が生まれている」とする。

一方で「共感」について、原発事故で自坊からの退去を強いられた福島の日蓮宗寺院副住職は、避難した人と被災地であっても元の生活地にいられる人との間に温度差があることを指摘し、「避難民の心を本当に癒やせるのは避難民だけだと感じる」という。

同じ福島の真宗住職は「苦しみを共有するというがそれは難しい。共有できないという自覚に立って初めて被災者と第一歩を踏み出せるのではないか」と訴えた。