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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 7(2/3ページ)

2012年7月28日付 中外日報

震災前、「無縁社会」といわれる中で世の中の諸問題に共同して取り組む人たちの間で「問題縁」という考え方が取り沙汰された。そして、地縁や血縁が失われた社会で信仰に基づいた行いによって人と人とを結び付けること、被災地でも同様に宗教者が新たな縁づくりの担い手になることを呼び掛ける金子昭・天理大おやさと研究所教授は、それを「宗教縁」と呼ぶ。

やれることは何でもやり、地域の人々が共に歩めるように寺を拠点に働く吉祥寺の高橋英悟住職(39)の姿勢もそれかもしれない。3月、一周忌法要に向けて卒塔婆を書きながら住職は、亡くなった人々の姿を思い浮かべた。逃げる場がなく犠牲になった老人、逃げることができない消防団員。「死者を思わずして町の復興はあり得ない」との気持ちが強まる。

苦難の中で走り続けた1年だった。津波で夫を亡くした60代の女性は、だが元の家から遠い高台の仮設住宅を嫌がった。何度か相談に応じ、期限ぎりぎりの夏すぎに「空気もきれいだし、海も見えていい所だ」と入居の意思を伝えられ、ほっとした。「でも町ではまだ何事も始まっていない」。教育委員として役場の担当者と協議すると、住民を元の場所に戻すなど不安な復興計画案しかできていなかった。

若い人から「意見を言っても聞いてもらえない」との話を受け、いろんな立場の町民と勉強会を重ねた。「戻りたい。先祖代々の土地なのに」との声も強い。

昭和8年に津波被害を受け区画整理した土地が今回また全て流された事実を挙げ、「子供たちの未来を考えて。悲しみを繰り返してはいけません」と訴えた。この3月中旬、強い余震でまた津波注意報が出た時は、皆が青くなった。

復興の前途は多難だが、「町民が生きていて良かったと思う町にしなくては」と、産業振興にも関係団体と交渉する。人が生きることを支えるのが僧侶の仕事だと確信している。「お釈迦様は生きるために道を説かれたのですから」と。