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倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 7(3/3ページ)

2012年7月28日付 中外日報

一周忌当日の3月11日。寺で預かる31体の遺骨を本堂に安置して供養をし、檀家だけでなく縁のある人々1500人余りが参列した。北海道から愛知まで同宗門の僧侶22人が出仕し、読経の中で焼香が続く。200人近い戒名を読み上げる住職は、やはりこの時も泣いていた。

午後、住職は近隣の釜石仏教会加盟寺院や支援の超宗派の僧侶ら80人と共に、多くの命が失われた沿岸部での「海岸供養」行脚に向かった。支援グループや地元NPOの呼び掛けで、全国から白菊やカーネーションなど生花8千本もが寄せられている。

黒法衣に網代笠姿の高橋住職らは、浜辺に近い廃虚を錫杖をつきながら般若心経を読経して巡り、日蓮宗の僧侶たちは法華太鼓を打ち鳴らして「南無妙法蓮華経」を唱えた。行く先々で遺族らが道端に立ち、頭を下げて掌を合わせている。犠牲が集中したそこここで、住民らも一緒に焼香をし花束が供えられた。

午後2時46分。防災無線でサイレンが町中に鳴り響くと、家の外に出ていた千人余りの人たちと黙祷を捧げる。

肉親や友人、最愛の人を失った人々の悲しみが、まだ冷え込みの残る空気を底から震わせているようだった。「皆さんが別離の苦しさを受け入れつつあります。でも、3年間は気を付けないと。頑張り過ぎる方もいますので」。高橋住職が自らに言い聞かせるように語った。

その週末の夜。吉祥寺の本堂に、黒地に赤縞模様の法被を着た男たち25人が正座していた。身をていして住民救助に当たった地元第3消防分団の犠牲者追悼供養。一連の法要の最後になった。大工の加賀さん(58)、漁師の衛さん(32)、会社員の寛大さんはまだ20代だった。津波に巻き込まれる人たちを救おうとホースを伸ばしていて消防車ごと押し流された。

全員が深々と頭を下げて黙祷。「言いようのない悲しみ苦しみの中でも活動しなければならないことに、挫けそうにもなりました。でも、復興には程遠いけれど私たちは負けません。どうか安らかに見守って……」。分団長が追悼の辞を述べる声は震えていた。住職が木魚をたたきながら読経する声が静かに響き渡った。

(北村敏泰)