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倒壊した浄土真宗本願寺派法城寺の鐘突き堂(むかわ町)
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 9(2/3ページ)

2012年8月7日付 中外日報

早朝は無理なので午前9時から、檀家以外も多いため短く15分程度にする。6時頃から作業している芝崎住職はその作務衣姿に輪袈裟で、木柾を叩いて法華経如来壽量品を読み、題目を唱えた。まず全員の健康や不明者の発見、一日も早い復興を祈願し、亡くなった人々を懇ろに回向した。朗々とした声が薄暗い堂内に響き渡る。友子さん、瞳さんも必ず参加した。

うち5分ほどは毎日、法話をしたが、「できるだけ面白い話にしました」。悲しみからわずかでも前向きになるためには、そしてPTSD(心的外傷後ストレス障害)を防ぐのに「笑い」が有効という友子さんの助言もあって、いつも前夜からネタを考えた。

難しい仏教用語は使わず、「生きていくなら楽しく幸せがいいよね。そういえばお釈迦様はこう言ってるよ」と平易に教えを説き、「菩提樹の下で修行されていると……あ、木の実が落っこちてきたなあんて」などと流した。他愛ないものばかりで、折を見て「皆、風呂に入ってないから臭くておならしても分からないね」などと「おやじギャグ」も飛ばす。爆笑で人々の顔がほころんだ。

疲れた頭で駄じゃれネタは1週間で切れたが、その頃から勤行に参加する人が増えていた。しばらくして気付くと、当初面倒くさそうに横を向いていた人たちも全員が一緒に住職の後ろに座っていた。「今必要なのは理論ではなく、笑顔と希望だ」と信じた通りだった。7日ごとには法衣を着け供養法要を営んだ。

豪放な住職は「人が幸せになるために理屈や教学がある。先に理屈があるわけじゃないのに、坊さんはそもそも理屈を言い過ぎですね」と言う。