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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 11(2/3ページ)

2012年8月21日付 中外日報

全国からボランティアや支援者が訪れてくれたが、困った事態も生じた。「心のケア」をうたい、カウンセラーや心理療法士らが1週間置きに交代で来ては、避難者から同じ事を何度も尋ねる。おとなしい人が多いのでそのたびに一から応答するが、夜になって「つらい」との声が相次いだ。住職が全て断った。

僧侶のグループでさえ、腕組みして「さあ、私たちに何ができるでしょうかね」という尊大な態度が見られた。目の前は修羅場で仕事は山のようにある。住職一家も避難者の世話当番も超多忙だ。なぜ、何ができるか、すべきかを自分で考えて、「これはどうですか?」と尋ねないのか。

「私たち被災者は困っているだけで、みじめな人間じゃない。上から目線で見られたくない」という皆の気持ちをくみ、「さっさとお引き取りいただきました」。前日に長靴姿で来た坊さんたちは黙々と泥かき、遺品捜しをした、という情報だけは伝えた。

究極の現場で人間のいろんな面が見えたが、それは世の中の縮図だ。苦難を共にした人々は互いに思いやり、助け合ってつつましく生きている。震災以降のこの国の状況を、「政治家も電力会社も身勝手や自己保身ばかりで被災など人ごとですね」と言う住職は、被災者たちは他人のことでも家族同然に思っていると実感する。全て失って、自己保身さえもないからだ。

釜石の山沿いにある仙寿院からは、南正面の彼方に工業港のクレーンの列、西側には大きな製鉄所の建物群が見える。巨大製鉄会社の山の手にある工場は被害から免れたが、その「城下町」といわれたすぐ下の市街地が全滅。震災から1年を過ぎても、そこここで重機が家屋の残骸を撤去する騒音が境内まで届き、空き地が日に日に増えていく。谷間にへばりつくようなプレハブの仮設住宅は、上から見ると昼間でも静まり返っている。