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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 11(3/3ページ)

2012年8月21日付 中外日報

昔からの住民も多いこの街で、芝崎住職は「寺とは多くの人が出入りする開放的な場であるべきだ」と考え続けてきた。例えばずっと以前から、毎朝9時と午後3時から庫裡のキッチンでコーヒーが飲めるようにしている。出勤前に来る勤め人、昼間はそこで仕事する人、檀家や信者でなくとも自分でコーヒーを入れて憩う市民もいる。

だが茶店ではない。世間話の中でふと漏れた本音、悩み事を聞き逃さない。プライバシーは外へは絶対に出さないが、そこでの相談や助言だけでは解決しないような負債、病気などといった事柄は専門家や公的機関に紹介する。「そのためにはネットワークが不可欠。寺で何でもこなせるわけではないが、寺こそがネットの要になれます」

それは信頼感があるからで、ネットワークをつくるのも僧侶の役割と思う。信頼は日常からの働きによって培われ、それには葬儀や法事といった宗教活動も世話事など社会での活動も含まれるという。「宗教者も社会に関わって初めて宗教者なのです。なぜなら宗教が目指す幸せ、社会全体がその幸せにならなければ、個人も幸せにならないから」と温和な声に力を込めた。

震災後、各地の仮設住宅などでお茶を出して集まる取り組みが相次ぐが、ここではもともと、寺が人々の集いの場に確かになっていた。

「あの日」の朝も、なじみの檀家の男性(56)がお茶に来て芝崎住職と冗談を交わした。仕事に必要なので寺の軽トラックを貸した。数時間後、男性はその車に乗ったまま津波に流されて帰らぬ人となった。その家族と一緒に捜し回り、無残な遺体を見つけたのは9日も後だった。

「借りた車を捨てては逃げられない」。男性がそう考えたのではないか、という思いが住職の心に突き刺さったままだ。

(北村敏泰)