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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 12(2/3ページ)

2012年8月23日付 中外日報

紫の衣と錦の袈裟に頭巾を着けた導師の芝崎住職が「追悼文」を読み上げる。「寒暑往来し四節交替するのは毎のことなれど、逝き去りし人に季節は還り来ず」と重々しく始まり、釈尊の「世は無常なり」との言葉を引きながらも「我ら、殉難者の無常なる最期を忘るべからず」と語り継いだ。首を垂れ、涙を拭う参列者。薄暗い堂内に焼香の列が続いた。

法要の間中ずっと合掌していた喪服の白髪の女性(78)は「これで区切りにはなりますが……」と言葉少なだ。家は全壊し身内を多く亡くしたという。数珠を手にした30代の女性は「家族を失って誰もがどうしようもなかった時に、お坊さんが供養に来てくれて」と振り返ると、急に笑顔を崩し大粒の涙をこぼした。「ありがた……」。後は言葉が消え入った。

法要には市長も参列し地元新聞記者が数人取材に訪れていた。「復興釜石新聞」の古川直子記者(40)は、これまでも仏教者への感謝と期待の声を取材でよく聞いたという。「安置所での供養などに力を尽くされたことはよく知られ、市民の心の支えでした。もともとこの土地では墓参りなどでお寺さんとの付き合いが深いし」。もともとはケーブルテレビ局にいたが津波でつぶれた。

同様に記者2人が死亡、輪転機が水没して廃刊された地元紙の残った従業員の雇用対策も兼ね、市が発刊したのが同紙だ。「負げねぞ釜石!」のロゴが鮮やかな紙面は、カラフルで地元のいろんな人たちの活躍ぶり、子供らの集まりや市出身者の激励のメッセージなど「希望」の記事が満載されている。求人や被災者の諸手続きなど行政の「お知らせ」も多いが広報紙臭くはない。

古川記者は「報道すべきことは多く、気が張っています」と話すが、最近、遺族たちの苦しい気持ちが胸に押し寄せて、取材がつらいとも言う。自らも被災して伯父や同級生が犠牲になった。

その市役所は少し高台にあり、玄関に「元気を発信」ののぼりがはためく。防災避難道路を示す赤字の大看板が新設されているが、隣接のビルは壊滅。主な道路に面したそこら中で、「解体」の印の赤旗の立った建物を重機が取り壊し、土埃が舞う。だが住民は立ち上がろうとしている。