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御影堂前階段で記念撮影を待つ小僧さんたち。2時間余りの儀式を終えてほっと一息
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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 13(1/3ページ)

2012年8月25日付 中外日報
春の彼岸で墓を掃除し参る住民ら。津波犠牲者の墓碑も多い(岩手県釜石市の寺院で)
春の彼岸で墓を掃除し参る住民ら

仏に仕えるから人にも

宗教者の真価問われる

岩手県釜石市、日蓮宗仙寿院の芝崎惠應住職(55)は、被災者が仮設住宅に移り始めたころから、引きこもりがちな人が多いのが気掛かりだった。「調子は?」と足しげく通って声を掛け、ボランティアと共に茶会などを開いては誘って回った。だが特に男性が出て来ない。昨年6月すぎに心配が現実になった。自死が相次ぎ、孤立死もあった。「せっかく津波から生き残ったのに」

「茶なんかいらん」と朝から酒を飲み、酒飲み会をしても姿を見せない入居者には何度も呼び掛けるしかない。「見捨てない」というメッセージだ。「根負けしそう」ながらも、「しつこいなあ」という男性と住職は少しは言葉を交わせるようになってきた。

一方で、人々の深い悲しみは消えない。行方不明の息子(36)を一周忌が過ぎても「死んだとは思えない」と泣き崩れる老母。遺品の腕時計しか入っていない骨箱を抱いて「生きて帰ってくるかもしれん」と訴える。

希望は若い世代が前向きなことだ。商店主や会社員ら30代の14人が毎月3回、寺に集まり復興のプランを話し合う。役所や各方面にパイプのある住職が情報も提供し会議をリードしている。コーディネートの能力は普段の寺の仕事の中で身に付いたようだ。「坊さんとして当然のこと。坊さんでなくても」と。

「おしゃべりはもういい」と震災以降に考え方が変わったという。「実行を伴わない空論がすぐに見抜けるようになりました」。幼時に得度し、物心ついたら当たり前に坊さんだった。