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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 13(2/3ページ)

2012年8月25日付 中外日報

「何でも、理屈が分かっているからではなく普段からやってるからこそできる」。このまま働き続けて、後はお釈迦様の所へ行き「私はこう生きてきました、と言ってもし怒られたら、また生まれ変わってやり直せばいいのです」。その心根を尋ねると、法華経の「一心欲見佛 不自惜身命」を挙げた。経典を読んで、まさにその通りだと実感するという。

同じように震災前から地元に根を下ろし、模索しながら支援を続けた宗教者たちがその思いをさまざまに語っている。

稲場圭信・大阪大准教授(宗教社会学)らのグループが数度にわたり実施した「被災地における宗教者の救援活動調査」の報告書には、「祈りや座禅といった悠長な時間はなく起こっていることを次々こなすという状況。人と接することがお勤め。祈りだけでなく被災者に寄り添うことが本当の宗教だ」(宮城県気仙沼市・曹洞宗清凉院住職)。

「避難者と過ごした10日間は助け合いの日々。皆と共有したという感覚があり、心のつながりができた」(同・松岩八幡神社宮司)、「毎日祈ったが、キリスト教だからではなく共に生きる人間として動いていた。隣人として生き、愛し合うことを非常に感じ、理屈ではなく聖書の教える『隣人』が本当に近くに感じられた」(同県石巻市・石巻栄光教会牧師)などの声が紹介されている。

一方、被災地で苦難に直面した宗教者たちを対象にしたアンケートで、「この災厄で信仰に影響があったか」との質問に対して、52%が「信仰が強まった。支援活動の支えになった」と答え、28%が「変わらない」とする一方、「信仰が揺らぐことがあった」も7%あった。「不断に信仰が問われた」(岩手・真宗大谷派住職)の声や、「なぜこんな災害が起きたか答が出ないが、自分が神からよしとされている肯定感が生きる力」(同・日本基督教団牧師)との意見があった。