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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 13(3/3ページ)

2012年8月25日付 中外日報

仙寿院の芝崎住職が津波から数日後、寺に避難する何百人もの食糧調達やそこら中で見つかる遺体の供養に夜中まで奔走している時に、こんな事があった。

皆が空腹と寒さで衰弱し、不安と疲労で倒れる人が相次ぐ。どん底の状況に高齢の女性が「もう神も仏もないな」とつぶやくのを受けて、住職は思わず「そうだよな。もう仏様なんて役に立つのか……」とこぼした。自身も憔悴し切っていた。その時だ。そばにいた長女瞳さん(25)がこちらへ向き直り、父の顔をにらみ付けて激しい口調で言った。

「違うよ、お父さん! 間違ってるよ。私たち、お寺に仕えてきたからこうして率先して皆さんを助けられるのよ。仏様の教えのおかげじゃないのっ」。目には涙があふれていた。住職は頭を強く殴られた気がした。そして胸を揺さぶられた。「そうだ。そうなんだ。仏様あってのことだ……」。はっとわれに返ると、究極の状況に自分を見失いそうになっていたのに気付いた。責任感で自力解決に追われるあまり、自分の力で何でもやっていると思い上がっていた。娘が菩薩のように見えた。

瞳さんは妻友子さん(54)と、住職が外を駆け回っている間も連日、避難者の世話に打ち込んでいた。恐怖に慄く子供らを抱き締め、弱った老人の介護をした。単に寺の娘だからではなかった。中学でいじめに遭った。保育士になるための地元の大学で人間関係に悩み、千葉まで出向いた幼稚園での実習では東北弁を子供らからいじめられ、担当を外された。

「無理に卒業しなくてもいいよ」。父の言葉でアルバイト生活を続けていた5年前、帰ってきて「父さん、私、寺を継ぐよ」と言った。息子のない住職が内心では安堵しながら「無理するな」と諭しても、「長女だから当然」と土下座する。それ以来、友子さんについて仏教や寺の仕事を学んだ。人が集まる場としての寺が、人間を育てる。

瞳さんのあの言葉に、日蓮宗で重視する「給仕第一」が分かっている、と住職は実感した。その後も挫折しそうに苦しい時は、同じ言葉を心中に繰り返す。

今、芝崎住職は震災で多くを学んだと思う。「素直に思いやりを表明し、真実を話し、共に行動することが大事で、それが仏教を伝えることにもなるのです。これから宗教者の真価が問われます」。人間と社会の原点を思い起こすことができた。それが最大の収穫だと確信している。

(北村敏泰)