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苦縁―東日本大震災 寄り添う宗教者たち
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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 14(1/3ページ)

2012年8月28日付 中外日報
一面が壊滅し廃虚となった鵜住居地区。時折走る車の他は動く物もない(岩手県釜石市で)
一面が壊滅し廃虚となった鵜住居地区

針仕事で悲しみ和らぐ

仮設主婦らのサンガに

「あそこは通りたくねぇ。気がふさぐから」。地元の人はそう言った。岩手県釜石市の中心部から大槌へ、海岸沿いの旧国道45号を北に走りトンネルを抜けると、息をのむ風景が広がる。小さな入江に面した両石地区。海に迫る山の陰の集落は跡形もなく、家の土台など灰色の廃虚だけが広がる。他の市街地では被災から免れたビルや人のいる住宅も残るが、一面物音さえしないここは命の気配がまったくない。

「地獄」という言葉が浮かぶ。さらに進んで鵜住居地区に入ると、同じ光景が見渡す限りに広がる。「壊滅」とはこういうことを言うのか。この地域だけで犠牲者は579人に上る。

「茫然と立ち尽くしただ手を合わせることしかできませんでした」。盛岡の自坊・真宗大谷派本誓寺からこの地域に通い続け、仮設住宅で手芸品作りの会を開いて支援する僧侶吉田律子さん(65)は、そのNPO「サンガ岩手」の趣意書に活動の出発点をこう書いた。

今年3月中旬の土曜日、吉田さんは古びた白い小型車で鵜住居の仮設住宅に着いた。長い髪を後ろで束ね、ラフなセーター姿。盛岡から3時間、週2回は通う。15畳ほどの集会所に入ると女児をおぶったスタッフの主婦が迎え、一緒に机やストーブを準備する。

入居者の中高年の女性が次々集まってきた。「待ってたよ」。なじみの声に吉田さんの顔がほころぶ。12人ほどが、これまで作ったものを持ち寄った。かわいいハートの刺子入り雑巾、カラフルな布の壁掛け物入れやアクリルたわし、毛糸で編んだ座布団カバー。「すごいね」「きれい」。互いに品評して次に作るものを考える。