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いのち寄り添う ― 大震災 苦の現場から

支える思い 14(2/3ページ)

2012年8月28日付 中外日報

吉田さんは各地での支援バザーで販売する手配もし、売り上げを皆の復興資金にしている。組みひもの携帯ストラップを手に「こないだ作った分は完売です!」と告げると大きな拍手が湧いた。「貝殻を飾りに付けよう」とアイデアが出、「ネーミングだよね。『唄あわせ』は?」と盛り上がる。にぎやかな声がプレハブの外まで響く。

以前、本山で青少幼年センタースタッフだった吉田さんは昨年8月、惨状を受けて傾聴活動をしようと、「お茶っこの会」から始めた。そこで「仮設では何もすることがない」という主婦らの声を聞き、集まって手芸をするようになった。

「手仕事をする女性は針を動かしていると話が出、それで悲しみや辛さも少しは和らぐのです。つながりも生まれるし、ちょっぴりお小遣いにもなるし」。評判は絶大だった。あちこちから声が掛かり、大槌も含めて何カ所にも集いが生まれた。人々の心の空白を埋め、気持ちが集う文字通りの「サンガ」だ。

トメさん(82)は夫を白血病で震災前に亡くし津波で自宅が全壊して息子ら家族を失った。針を持つまでが大変だったが、蔦模様の刺繍をしたタオルを手に「力づいたのよ、これで。気持ちが乱れて針があっちこっち。でも泣きたくて泣きたくて仕方なくても、ここで仲間ができてわいわいやってると辛いのを忘れるわ」と白髪頭を振った。目には涙も浮かぶ。

65歳の女性は少し高台だった自宅が流失し、「うちが駄目なら村全部って昔から言われていた通りになった」と肩を落とす。漁師の夫と海辺でワカメをさばいていて辛うじて津波から逃れたが、身内が何人も犠牲になった。

9月に仮設に入り、この集いが楽しみだ。夫が船を修理して秋にはアワビが大漁だったことを喜ぶが、東京電力福島第1原発に勤務していた次男が事故後に戻りたくないと会社に告げると、新潟の柏崎刈羽原発まで転勤させられたと嘆く。